2015年02月07日

リーマンショック1

今更聞けない金融危機、前回まではサブプライム問題から一気にグローバルな問題であると気づくきっかけとなったパリバ・ショック、そして金融機関の破たん理由と、ベア・スターンズの救済までを見てきました。もっと軽くまとめられると甘く見ていましたが、普通に長くなってしまいました。

サブプライム問題
パリバ・ショック
金融機関破たんの発生プロセス
ベア・スターンズと投資銀行

今回は、いよいよ有名なリーマンショックについてみていきたいと思います。背景としては、ベア・スターンズが救済された後からになります。

<ベア・スターンズ救済後>

パリバ・ショックによって、サブプライム証券化商品が非常に危ないものだと判明したのち、「危ない金融機関」はどこかという疑心暗鬼が発生、それによって短期借入市場に依存している投資銀行、中でも比較的規模が小さい金融機関が標的になりました。

そのあおりを受けて、前回に記載した当時米国5位のベア・スターンズがJPモルガンチェース銀行に救済される結果となりました。これで市場には一時的に安心が戻ったのですが、別の問題が浮上し始めます。それがGovernment Sponsored Enterprise 、略してGSEと呼ばれる、政府が出資する住宅ローン公社です。

<Government Sponsored Enterprise>

GSEとは、アメリカの政府が出資する住宅ローン公社のことで、政府が出資してはいるものの、株式会社として独立していました。具体的な業務として、債券を発行して資金を調達し、そのお金で住宅ローンそのものや、その証券化商品を購入したり、逆に住宅ローンの消費者が払う利息をそのまま投資家へ流す証券(パススルー証券といいます)を発行したり、他には民間の金融機関が行った住宅ローンの保証を行ったりしていました。

つまり、アメリカの住宅ローン関連の市場で非常に重要な会社としてGSEが存在していました。ただ、サブプライム問題とそれに続く金融危機により、GSEの財務状態も非常に悪化していました。数あるGSEの中でもFederal National Mortgage Association (FNMA)、通称ファニーメイと、Federal Home Loan Mortgage Corporation (FHLMC)、通称フレディマックのポートフォリオがダントツで悪化している状態になっていました。

これらの2社が発行していた債券残高は当時のレートで約180兆円、そして保有、または保障していた住宅ローン残高は約530兆円にもなりました。とてつもない金額ですね。そして、その約530兆円の住宅ローンや証券化商品のうち、サブプライム問題により値下がりが激しいものを損失として計上することにより、2社は決算において純損失を計上していました。

<格付会社によるGSEの格下げ>

これを踏まえて、格付け会社のスタンダード&プアーズは両社の格下げを行いました。アメリカ的には、この2社が破たんすると、自国の住宅ローン市場が完全に混乱してしまうので、非常にまずい状態になります。また、この2社が資金調達のために発行していた債券のうち、購入した人々は大半が海外の投資家たち(海外の政府や、投資機関など)でした。これらの投資家たちは、GSEの債券を「米国政府機関が発行している債券」として安全性を考えて投資していたのです。実態はただの株式会社なのですが、イメージとしてはアメリカ政府の機関でした。

つまり、この2社が破たんすると、海外の人にとっては米国政府の機関が破たんしたととらわれてしまうのです。この2社が、米国の信頼を揺るがす存在になっていたのです。そのため、アメリカ政府は最終的にこの2社にそれぞれ1兆円を超える出資を行い(はやい話が税金を投入し)、救済しました。この2社は2008年9月7日(日)に、アメリカ政府の管理下に置かれることになりました。しかし、この問題と同時に、大きな問題が迫ってきていたのです。それが、リーマン・ブラザーズです。

<リーマン・ブラザーズ>

リーマン・ブラザーズは1850年ヘンリー・リーマン、エマニュエル・リーマン、マイヤー・リーマンの兄弟によって創立されました。だから「リーマン・ブラザーズ」なのですね。当初は綿花の取引などを行っていたようです。3人の兄弟が切り盛りしている当時のシーンを想像すると、まさかこんな隆盛と結末迎えるなんて不思議な世界ですね。

その後、徐々に債券の引き受けや資産管理業務などの金融機関業務へシフトチェンジしていきます。M&Aなどの業務も行い、アメリカで4位の地位に登りつめました。ただ、他の投資銀行と比べてまだまだ弱体であることには変わりはなく、リーマン・ブラザーズは更なる成長を求めてハイリスク・ハイリターンな投資に突き進んでいくことになります。それが、サブプライムローンです。

サブプライムローン関連証券化商品などのおかげで、リーマン・ブラザーズは躍進します。アジアでも非常に大きな地位を築き上げることに成功します。ホリエモンで有名になった堀江貴文さんの当時のライブドアに対しては、転換社債型新株予約権付社債の発行などの資金調達も手伝っています。サブプライムが問題にならずにリーマン・ブラザーズがリスクを取り続けて躍進していたら、アジア地域では最強の投資銀行になったのかもしれません。まぁそんなに甘いものではなかったのですが。

<リーマン・ブラザーズ凋落>

今までに記載してきたとおり、サブプライム関連の金融商品の価格が暴落を始めると、リーマン・ブラザーズは大量に保有するそれらの商品の価格下落によって大きな損失を計上することになります。まず、2008年の第2四半期に約3,000億円の損失を計上します。この時点で、投資家や他の金融機関からは「あ、リーマン・ブラザーズは危ないかもしれない」と認識されました。つまり、リーマン・ブラザーズに対する信用が一気に悪化したわけです。そうなると流動性(支払い能力)が急激に悪化することはこれまで述べてきたとおりです。

しかも、今回は普通の金融商品による損失の計上ではなく、数々の不安のもとになっているサブプライム関連商品による損失の計上でした。これでは、どれだけの損害が続くか誰にもわかりません。リーマン・ブラザーズの周囲の金融機関や投資家は、次々と態度を変更していきました。具体的には、これまでお金を貸してくれていたところがお金を貸さなくなったり、貸していたお金に対する更なる担保の要求を行うようになりました。担保にとられたものは、売却して現金にすることができなくなります。

結果として、リーマン・ブラザーズの支払能力は急速に失われていきました。そして、2008年の9月に入ると、いよいよいつまで会社が続けられるかがわからなくなってきました。そして上記のGSEに政府が出資を決定した9月7日(日)の週、リーマン・ブラザーズの身売り交渉が最後の展開をみせます(リーマン・ブラザーズは、常に自分を買収してくれる相手を探していました)。ちなみに、この週でリーマン・ブラザーズの支払い能力は底をつき、倒産するだろうと言われていました。運命の週だったのです。

<リーマン・ブラザーズ最後の週>

まず、9日(火)に、候補であった韓国産業銀行が、出資の協議を取りやめると伝えました。つまり、買収は行わないということです。これにより、リーマン・ブラザーズの株価は一気に40%以上下落しました。ただでさえ低下していた株価が、さらに下がったのです。市場の失望を表していました。この時点で、買収を行う可能性がある金融機関はアメリカのバンク・オブ・アメリカと、イギリスのバークレイズ銀行になりました。

<最終議論>

2008年9月12日(金)、アメリカの中央銀行(日本銀行のような役割を持つ)FRBに、主要な金融機関のトップが集められました。議題は、リーマン・ブラザーズをどうするかということでした。この週末に買収がまとまらなかった場合、リーマン・ブラザーズは破たんすることになります。まず、バンク・オブ・アメリカは、アメリカ政府が公的資金の注入を拒否している点(ベア・スターンズを救済した方法を取らないということ)、2008年の初めに住宅ローン会社のカントリーワイドを買収して財務状態が悪化していたことを理由に、リーマン・ブラザーズを買収する候補からは外れました。次に、もう一つの候補であったバークレイズ銀行は、取締役による買収の承認までは進んだのですが、最終的にイギリス本国のFSA、Financial Service Authority、つまり日本でいう金融庁が許可しなかったために買収が不可となりました。この時点で、リーマン・ブラザーズの破たんが決定しました。

<リーマン・ブラザーズ破たん>

2008年9月15日(月)、リーマン・ブラザーズは連邦倒産法11条(よくチャプターイレブンと呼ばれるものです)を申請し、その158年の歴史に終止符を打ちました。158年です。その間、非常に様々なことがあっただろうと思います。様々な人々の人生を158年乗せ続けた米国4位の巨大な投資銀行が、60兆円を超える負債を抱えて倒産しました。ちなみに、そのときのリーマン・ブラザーズの格付けは「AAA」です。その倒産が金融市場に与えるインパクトはすさまじいものがありました。いわゆるリーマンショックの発生です。

<リーマンショック>

リーマンショックによって、市場参加者にとてつもない動揺が走りました。それは、これまで信じられていた

「Too big to fail(大きすぎてつぶせない)」

という概念を覆すものだったためです。もはやどれほど大きい金融機関でも、当局がなす術がないレベルまでこの問題は深刻なのだというイメージを与えてしまいました。さらに、金融機関同士も、もはや誰も信じられない状況になってしまったのです。もはや取引どころではない状態になってしまいました。

影響としては、まず2008年9月15日(月)、リーマン・ブラザーズがチャプターイレブンを申請したのと同日、アメリカ3位の投資銀行であるメリルリンチがバンク・オブ・アメリカに吸収合併されることを発表しました。さらに、アメリカ2位のモルガン・スタンレーとアメリカ1位のゴールドマン・サックスがそれぞれの持株会社を銀行持株会社に変更しました。この変更によって、いつでも銀行として政府からの支援を受けられるようになりました。

そして、リーマン・ブラザーズが破たんへ向かうのと同時期に、もう一つの問題も進行していました。今回は長くなったのでここで一旦切ります。次回に、リーマンショックの更なる展開について書いていきたいと思います。

次の記事:リーマンショック2

ではでは


posted by 鈴木明 at 22:48 | [金融] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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